第四章 忘却
                 氷高颯矢

 目覚めるとそこはどこかの部屋だった。天蓋付きの寝台に寝かされていた。周りを見まわしても上品で高価な調度類に囲まれていた。
「ここは…?」
 自分の身に起きた不思議を口にした途端、扉が開いた。
「私の城だ」
 紅い髪に黒衣の青年。花園で出会った人物だ。
「どうして…ここに、あたしは居るんですか?」
 そう尋ねた時、もう一人の人物が現れた。黒衣の青年に対して払われる敬意の含まれた態度に彼が青年に仕えているのが判った。
「"花酔い"を起こしたのですよ、貴方は」
「"花酔い"?」
「ええ、あの花の香りは独特のもので、他の地方の者には、少々、毒なのです」
 そう説明しながら彼は何やら薬のようなものを用意していた。
「そ…そうなんですか?」
「ええ、我が主が助けなければ、今頃は…」
「それは、どうも…ありがとうございました」
 ティリスはどうもこの男が信用できなかった。この男から伝わる空気は冷たく、ティリスを拒絶するように思えた。それでも、親切にしてくれた礼は言うべきだろうと頭を下げた。
「君は…大切な人が居なくなるのと、その人に忘れられてしまうのとは…どちらが不幸だと思う?」
 黒衣の青年はティリスを見ない。どこか――そう、心に直接問いかけているような呟きを発した。
「どちらって言われても…どちらも同じに思います。居なくなったら悲しいし、忘れられても悲しいです…」
「忘れてしまえば、その存在自体も消える…という、私の考えは合っていたのだな…」
 会話を一方的に中断する。
「それはそうと、こちらをどうぞ…」
 薬の準備ができたのか、それを勧められる。
「何ですか?コレ…」
「薬湯です。きっと、頭の中がすっきり、澄み渡るように晴れる事でしょう」
 にっこりと笑う。偽善的な笑みだ。
「じゃあ、いただきます…」
 怪しげな薬を飲み干す。
「えっ…?」
 目の前が霞む。眠るように意識が薄れる。
(あたし…あたしは誰?…私は、私?私は――)
「これで、彼女は貴方のものです…ジェイド様…」
「そういう言い方は、好きではない」
 黒衣の青年、ジェイドはキッと部下である男を睨んだ。翡翠に走る黄金の光。まさしく、彼は魔族だった。
「そうでしたね…。貴方は、彼女を巻き込みたくないと…そう思っているだけ…」
 その瞳の輝きに目を奪われ、うっとりと男は己の主を見た。そして、そっと部屋を出た。
(貴方は自分を過小評価しすぎる…これを機に目覚めていただかなくては――その為なら、いくらでも罪に手を染めましょう。貴方が望む全てを捧げましょう。それが私の存在する理由なのだから…)
「お優しい方だ…」
 呟いた言葉は皮肉を込めて。それは彼の魅力と同時に欠点を如実に表わしていた――。

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